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名場面、最後の再現 あの頃から3年経って思うこと [四国]


 ・・・スンマセン。なかなか書けない状態になってます。湧いてくる時は写真一枚見ればいくらでも湧いてくるのですが、雑務で忙しいし全然・・・。しばらく待ってやってください。
 

 以前から出すことにしていたのを、1枚。

 昔サイトに出していたやつの再掲です。



名場面、最後の再現
2008年10月18日 高徳線 阿波大宮-讃岐相生

(原文)
 四国のゴハチロクゴの最後を飾ってさよなら列車が四国を1周する形で走りました。この日は高徳線、徳島線、土讃線と運転されましたが、ともさんは事情により出撃せず。車がでないので、T君など私を含め4名でこの1本に賭けてフェリーで高松入りしました。そして大坂峠の有名撮影地で待ちました。着いてみると朝からぼんやりとしていて心配でしたが何とかなりました。そして、各地から集まってきたたくさんの鉄ちゃんが待ち構えるなか、この列車は豪快にエンジンを吹かせ、銀箱特急顔負けのスピードで駆け上っていきました。やはりこの車両の持つオーラは別格でありました。


(一言)

 各地からたくさんの方々が訪れていました。いつもは静かな印象である四国ですが、この撮影地では満員御礼でした。そして、T君たちと1本の列車だけのために乗り込んで撮影…というのは今思い出しても懐かしいです。課題は多数設定したもののあまり撮れなかった四国のキハ58。それでもいろんな思い出があります。撮影可能本数が少ない上に歩き鉄なので1枚のレベルを上げることに集中していたつもりです。その場で本当にいろんなことを考え、何か取り込めるものはないか、ということばかり考えていました。



 一方、今の私は手の届くものは全て撮るべく最大限の効率化を図って量産しています。資金も限りがある上に特に時間がそれほどない身の上なのでこうやっていく他ありませんでした。事前にかなりイメージを作っておいて撮影先に臨むのですが、高校時代とはある意味逆の展開でした。行動範囲が広がったのでパッと見にはいろんな写真が撮れるようになったとも思っています。その半面、効率優先で撮ってきたので写真が画一化したような気もしています。あの頃の方が1枚1枚慈しんで撮っているなあと写真を見ているだけで思うのです。これからの「課題」と位置づけています。





 最近、ふと気が付きました。人間というものは生物でしかないようです。理性と規律を持ってノイズをできるだけ削るということは何かをなしえるためには意味があります。私は本当に余計なことばかり考えがちです。だから成果を出すためともかく削るようにしてきました。それでもまだ多すぎるぐらいだと思っているのですが、どうやら「削る期間が長期化してはならないもの」というものがあるようです。長くなりすぎると、ふとしたことがきっかけで削ったものに呪い殺されそうになる…という実感があります。



 私はここ数年、撮影にも「削る」手法を援用してきました。老い先短い被写体を集中的に撮るに当たり、この手法は効果があったと思っています。しかし、何か不満を持ってきたことは確かです。もしかしたら削るべきでないものを削ってしまったのかもしれないと思っています。とはいえ、それが何かはまだよくわかりません。これからは思い切って効率優先にしない日を設定するべきなのか、とも思っています。

 T君はいつもあの日のように1日数本をじっくり撮るという大人な撮り方だよなあ…と思っていたら、こんなことを思いました。でも、しばらく忙しいままだなあ…実行に移すのはいつになるやら。